人生折り返し日記

いわゆるモーニングノートです。愚痴ばっかで

2025/02/22 36年ぶりの地元探索

さて昨日は有休を取得した。今時は年間5日以上を休む事が法令で決められているので、昭和世代の猛烈サラリーマンに育てられた最後の世代の我々も休みやすくなった。
ただ何も目的もなく休むと、また一日ダラダラと酒を飲んで終わるので、お出かけをすることにした。そこで思い立ったのが、自分の地元に帰ること。経験ある人も多いと思うが実家自体が引っ越してしまうと、自分が幼少期に過ごした土地に帰る機会がない。自分の場合はおそらく二十歳ぐらいまではその地にいたと思う。けど高校が離れていたので、実際地元でのいろいろな記憶があるのは中学卒業ぐらいまでである。となると、35~36年前ということになる。一体全体どうなっているやら。

鎌倉は日々外国人観光客ばかりと聞いていたので、少しは覚悟をして行ったが、やはり平日でも人が多かった。当たり前だが町のつくりは変わっていないので迷うことはないが、馴染みの店はないな、、、なんて考えた。さらにレンタル自転車を借りて江ノ電沿いの裏道を走っていく。鎌倉の野菜市場から曲がり、長谷駅近くに突き当たったところで曲がって曲がっり、極楽寺駅の前を通ると海沿いの渋滞を避けて稲村ケ崎まで出れる。ここでも国道246にはでず、奥に進むことで七里ガ浜には奥団地側から入れる。ということで、36年ぶりの七里ガ浜だ。

町並みは変わらずだが、知っている人、知っている店はない。36年も経てば当たり前。当たり前だからこそ、特にそこに強い感情が起こることもなく。そしてかつての幼馴染の家の近くを歩いたりする。さらにかつての実家を見ると、全く跡形もなく改築されて庭すら残っていない。「まぁ、こんなもんか」と。けど、ふっ気づくと隣の家もその隣も、さらに隣も知っているままの表札であった。人の気配がしなかったので、そのまま通ってきたが、あぁ変わらないものもあるのだなと。さらには小学生の頃に遊んだ公園。遊具は違えど、小山や凹みなどの起伏・形状はそのままで、思い出すものがあった。「ここで走り回って遊んでたな」なんて。

次に小学校に行く。そこで少し驚かされる。完全に忘れていた卒業製作の作品が目に入った。「あれ、これまだ残しててくれたんだ」。生徒一人一人にブロックが渡され、そのブロックには大きく書かれた校舎の絵のそれぞれ一部が転写されている。その絵に沿って、自分のブロックを掘っていく。そのブロックを再度つなぎ合わせると大きな校舎が掘られた大きなブロック塀ができる。けどそんなものが残っているとは思っていない。というか、掘った記憶すら無かった。小学生が掘れるブロックなので、それほど強いものではない。なので一部は崩れている箇所もあった。けど8割りぐらいは残っている。おそらく自分が掘ったであろうブロックも残っていた。残っていたことよりも、残してくれていた事に感謝の念が大きかった。確かに卒業生の作成物を壊すという発想は起こりにくいのかもしれないが、ただ一般的には30年以上経っても全く同じ場所にあることなど想像していない。どかしたり、壊れたりしても、「それは仕方ないね」と思える年月である。そんな感謝とともに、一気に「ここがやはり自分の地元なのだな」、「自分の足跡の残る場所なのだな」と感慨深くなった。

何が得られたか分からないが、何かとても大切な感覚を取り戻した気がする。この日はさらに突き進んで江ノ島に宿泊した。


≪まとめると≫
自分の足跡から感じられることもある。

≪昨日のチェック≫
 ①(禁酒/減酒) ✕ ②(1am前就寝) 〇 ③(運動) △ ④(英語勉強) ✕ ⑤(論文書く) ✕ ⑥(投資の勉強) ✕